原サイトのスタッフブログより転載(2026年9月14日)。記事内の価格・イベント・サービス情報は掲載当時のものです。
皆様こんにちは。
ISHIDA表参道の佐野でございます。
先日、グラスヒュッテの歴史を深く知ることのできる特別なイベント「グラスヒュッテ腕時計100周年記念展」に参加して参りましたのでご紹介致します。
昨年、グラスヒュッテにおける時計製造技術が180周年という節目を迎えたグラスヒュッテ・オリジナルですが、今年はもうひとつ大きな記念すべき年となります。
それが、「グラスヒュッテで腕時計のムーブメントが本格的に製造されるようになってから100年」という節目です。
会場に入ると、現在のグラスヒュッテ・オリジナルへと続く長い歴史を物語る時計が、年代ごとに展示されていました。
その数、なんと55点。
ASSMANNの懐中時計をはじめ、UNION、UFAG、UROFAといった時代の腕時計、さらにGUB時代のモデル、そして2000年代の時計まで。
ひとつひとつの時計を見ていくことで、グラスヒュッテという土地が、どのように時計製造の歴史を紡いできたのかを感じることができます。
■ユリウス・アスマンの懐中時計

こちらはユリウス・アスマンの懐中時計です。
この時代のグラスヒュッテは高精度の懐中時計によって国際的な評価を築いていました。
ランゲの娘婿だったアスマンは4分の3プレートの開発にも関わった重要人物です。
■グラスヒュッテの時計産業を築いた重要人物

Julius Assmann ― ユリウス・アスマン
1850年、グラスヒュッテで時計産業が発展し始めていることを知ったユリウス・アスマンは、時計製造の基盤づくりを支えるためこの地に移り住みます。
その後、フェルディナンド・アドルフ・ランゲの娘と結婚し、義父となったランゲの支援を受けながら1852年には自身の時計製造事業をスタート。
主に懐中時計をはじめ、クロノメーターや観測時計など、精度を追求した時計を手掛けました。
今回の展示でもアスマンの懐中時計を見ることができ、グラスヒュッテの初期の時計製造を知るうえでも重要人物の一人です。

Johann Christian Friedrich Gutkaes ― ヨハン・クリスティアン・フリードリヒ・グートケス
グラスヒュッテの時計産業を語るうえで欠かせないのが、熟練した宮廷時計職人であり優れた指導者でもあったグートケスです。
彼のもとには多くの若い時計職人が集まり、その中には後にグラスヒュッテの時計産業を支えることになる人物もいました。
フェルディナンド・アドルフ・ランゲもその一人です。
さらに、グートケスの実の息子もランゲと同じ時期に父のもとで時計製造を学んでおり、師弟関係を超えて次の世代へ技術が受け継がれていく様子がうかがえます。

Ferdinand Adolph Lange ― フェルディナンド・アドルフ・ランゲ
グートケスのもとで1830年から修業を始め、やがて「一番弟子」と呼ばれるまでになったのがフェルディナンド・アドルフ・ランゲです。
その後はグートケス父子の事業にも加わり、時計製造の技術だけでなく産業として時計づくりを発展させることにも力を注ぎました。
1843年からザクセン州政府との交渉を重ね、その努力が実を結んだのが1845年。
ランゲはグラスヒュッテに時計産業を根付かせ、後の発展につながる大きな一歩を踏み出しました。
現在のグラスヒュッテが「ドイツ時計産業の聖地」ともいえる場所になった背景には、こうしたランゲの先駆的な取り組みがありました。

Moritz Grossmann ― モリッツ・グロスマン
そしてもう一人、グラスヒュッテの発展に大きく貢献したのがモリッツ・グロスマンです。
ランゲとはグートケスのもとで修業していた頃から親交を深め、その縁もあり、1854年にグラスヒュッテへ移り住み、時計職人として活動を始めました。
同じ1854年には、グラスヒュッテ時計学校の初代校長にも就任。
時計を製造するだけでなく次世代の時計職人を育てる教育にも力を注ぎました。
こうして見ていくと、グラスヒュッテの時計産業は一人の時計師だけによって築かれたものではないことが分かります。
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■1920年代のグラスヒュッテ時計学校の様子

ドイツ時計学校の校長だったアルフレッド・ヘルウィグもまた、グラスヒュッテの歴史を語る上で欠かせない人物です。
優れた時計師であり教育者でもあったヘルウィグは、後にドイツ時計学校の校長を務め、時計製造の技術を次世代へ伝える重要な役割を担いました。
特に、グラスヒュッテを代表する高度な時計技術のひとつである「フライング・トゥールビヨン」とも深い関わりを持つ人物として知られています。
■1920年代の時計工場

DPUG(ドイツ精密時計工場)の様子。
■1960年代のドレスウォッチ

こちらはGUB時代の男性用ドレスウォッチです。製造年は1964年。
この当時、文字盤製作をしていた工房は後にグラスヒュッテ・オリジナルが買収しており、当時のモデルの面影を色濃く残したシリーズも製作しております。
グラスヒュッテ・オリジナル シックスティーズ

■1970年代のダイバーズウォッチ

こちらもGUB時代の時計です。1970年代のダイバーズウォッチですが、こちらもグラスヒュッテ・オリジナルによって復刻されております。
まとめ
今回の記念展は、グラスヒュッテの歴史を感じられる貴重な機会となりました。
100年前に腕時計という新しい時代へ踏み出した先人たち。
その挑戦から100年。
歴史的なタイムピースを一堂に見ることで、グラスヒュッテという時計産業の街が歩んできた時間の長さを改めて実感することができました。
ISHIDA表参道では、モリッツ・グロスマンやグラスヒュッテ・オリジナルも取り扱っております。
ぜひ店頭でその魅力をご体感ください。
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記事:佐野
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